際どいゴールの判定を審判員だけに任せず科学技術を使う「ゴールラインテクノロジー(GLT)」の導入が秒読みにはいった。サッカーのルール改正を決める唯一の機関である国際サッカー評議会が2種類のGLTの最終テストを決め、早ければことし7月にも正式認可となる方向だ。
10年ワールドカップで、同点ゴールになるはずだったイングランドのシュート(1メートル近くゴール内にはいっていた)を審判員たちがゴールと認定することができず、大きな波紋を呼んだ。これをきっかけに、国際サッカー連盟(FIFA)は一時凍結していたGLTの再検討を始めた。
昨年末に8つのシステムをチェックした結果、ビデオカメラを使う「ホークアイ」と、特殊な発信機付きのボールとゴールポスト間の磁場を利用した「ゴールレフ」の2システムが最終テストにかけられることになった。
「ホークアイ」はテニスのメジャーイベントなどでおなじみのシステム。プレーから数秒でコンピュータグラフィック付きの判定が出る。テレビ中継との組み合わせで大きなインパクトとなる。一方「ゴールレフ」は瞬間的に判定結果が出て、主審がもつ腕時計型のモニターにメッセージが表示される。
GLTが導入されれば試合結果につながる重大な判定ミスは回避できるが、良いことばかりでもない。コストの問題だ。「ホークアイ」の場合、システム設置に1施設あたり2万5000ポンド(約330万円)もかかり、運用には専門家を雇わなければならない。
FIFAにGLTの再検討を迫った10年ワールドカップの誤審は、64試合、1795本のシュートでたった1回のケースだった。
Jリーグでは、今季のJ1第1節、柏×横浜で早くも1件(横浜のFW大黒のヘディングシュートがゴールと認められなかった)があった。しかし年に数回程度の判定のために全会場にGLT装置を設置し、運用することは現実的だろうか。
結局のところ、GLTが正式認可になっても、FIFAの世界大会や欧州のクラブ大会、ビッグリーグに限られるのではないか。
ヨーロッパサッカー連盟はGLTの導入に消極的で、現在実験的に導入している「追加副審(両ゴール裏に副審を1人ずつ配置する方法)」を推進している。これならゴール判定に限らずペナルティーエリア内の監視という面でも主審を助けることができる。現段階では、より現実的な方法ではないだろうか。
(2012年3月21日)
「選手の皆さん、監督、審判の皆さんと一丸となって、異議・遅延行為の撲滅を実現していきます」(3月2日、Jリーグキックオフカンファレンスで、大東和美チェアマン)
昨年Jリーグは観客数が激減、J1で前年比14%減もの1試合1万5797人だった。3年連続の減少。危機感のなか、試合の質を高めるための取り組みとして「選手憲章」が制定された。
「判定に対して異議を唱えません」「遅延行為を行いません」などの文言が記され、そこに全選手がサインしている。ファンに対する「誓約書」のようなものだと思う。
サッカーは90分間の競技だが、ボールが外に出たり、反則後にFKで再開されるまでの時間などでプレーが止まり、それが意外に長い。実際に動いている時間(アクチュアルタイム)は、昨年のJ1で54.39分だった。
09年には56.08分だったものが、2年連続で減った。それが、判定に対する異議や、意図的に時間を浪費する遅延行為の増加と関連していると判断された。J1の306試合で異議による警告(イエローカード)が09年の55回から11年には71回に、遅延行為による警告も76回から82回へと増えている。
ではその誓約は守られているのか。3月4日のJ2第1節、10日と11日のJ1第1節、J2第2節の計31試合を調べてみた。
残念ながら、結果は「否」だった。31試合で異議による警告は5回、遅延行為による警告も10回あった。1試合あたり0.16回と0.32回。昨年の数字(0.20回と0.29回)とほぼ同じ数字だったのだ。少なくとも開幕後数節は顕著な減少傾向が見られるのではないかとの期待は、大きく裏切られた。
自らがサインしたファンとの約束を選手たちは何と考えているのだろうか。単なる儀式だったのか。「撲滅」はかけ声だけなのか。
手遅れにならないうちに、Jリーグは異議と遅延で警告者を出した14クラブに警告を発するべきだ。そして何より、それぞれのクラブが「憲章」の重さを再確認するべきだ。
チームの取り組み次第でいくらでもイエローカードを減らせることは、2試合で1人も警告者を出していないJ2の町田ゼルビアを見れば明らかだ。アルディレス監督は清水や横浜FMでもフェアプレーを貫く指導を徹底していたが、町田でもその哲学を見事に実践している。
(2012年3月14日)
3月3日の富士ゼロックススーパーカップ(柏×FC東京)は、力のこもった熱戦だった。翌4日にはJ2が開幕、11試合すべてが2点差以内の接戦だった。そして今週土曜日には、20シーズン目のJ1が開幕する。
開幕前の話題のひとつがタイ・プレミアリーグ(TPL)とのパートナーシップ契約の締結だった。昨年までTPLでプレーした丸山良明さん(DF、元横浜、新潟など)の尽力もあって実現した。今後タイで定期的にJリーグのテレビ放映が行われるという。
私は、現在の世界のサッカーの大きな問題のひとつが欧州サッカーの「世界戦略」にあると考えている。アジアや北アメリカで、欧州のビッグクラブのユニホームを着て闊歩(かっぽ)する若者が驚くほど多い。その一方で地元クラブのユニホームは探してもなかなか見つからない。
欧州のサッカーは世界に「マーケット」を広げ、テレビ放映権とユニホーム販売で大きな収益を得ている。本来なら地元のプロサッカーがよって立つべき各国のサッカーファンが、欧州によって食い荒らされているのだ。欧州勢の貪欲(どんよく)さは19世紀の列強による帝国主義的進出さえ思い起こさせる。
だが今回のJリーグとタイの協定は、だいぶ意味あいが違う。
「アジアのマーケット獲得が目的ではありません。アジアのマーケット自体を協力して広げること、それによってアジアのプロサッカーを強化し、ステータスを上げることを通じて、私たちも恩恵を受けようという考え方なのです」(中西大介Jリーグ事務局長)
そのため、育成活動や選手・チームの交流を進めていくという。20人を超える日本人選手が活躍するTPLの日本での放映も、その道を模索している。
「パートナーシップ」という表現に触発されて、私も世界各国のプロサッカーを振興する方法を考えてみた。放映権やグッズの販売権の交換制度だ。
日本とタイなら、JリーグがTPLの放映権やグッズを販売し、TPLがJリーグのものを売る。テレビ放映権やグッズの売り上げは販売したそれぞれの国のリーグの収入となり、「マーケット」は守られることになる。
この制度が世界に広まれば、サッカーから生まれるすべての利益がそれぞれの国内のサッカーに還元されることになる。Jリーグが音頭をとってアジアでこの制度を定着させ、世界中に提案していったらどうだろうか。
(2012年3月7日)
「事件」が起こったのは昨年の6月3日。ヨルダンの首都アンマンでのことだった。
女子ロンドン五輪アジア2次予選初日、ヨルダンとイランが日本の山岸佐知子主審を先頭に入場した。だが試合がキックオフされることはなかった。国際サッカー連盟(FIFA)の役員がイランの失格を宣言したのだ。
女子イラン代表は、全員が頭部と首を「ヘジャブ」と呼ぶイスラム式のスカーフで覆っていた。それがルール違反と指摘された。
イスラムの戒律では女性が顔と手の部分以外を人前にさらすことを禁じている。アジアのイスラム圏で女性のサッカーの試合が行われるようになって以来、長いジャージとヘジャブ姿は珍しいことではなくなった。真夏の試合では大きなハンディだが、それでもサッカーをしたいという女性たちがいるのだ。
もちろん宗教は個々のもの。同じ国の同じイスラムの選手でもヘジャブをつけずに短パン姿でプレーする女性もいる。しかしその一方でイスラムの戒律をそのまま法律にしている国もある。そのひとつがイランだ。
ヘジャブがたびたび問題にされるため、イランはこの予選前に新しいデザインのものを開発した。伸縮性の素材を用い、首と髪を同時に覆うことができる機能的なものだった。
昨年のルール改正時に「引っ張られると危険」という理由により「ネックウォーマー」が禁止になった。イランの新型ヘジャブはそれに抵触するというのが、FIFA役員の解釈だった。ファッション感覚のネックウォーマー着用禁止はいい。しかしヘジャブが危険とはとても思えない。
今週土曜(3月3日)にロンドン近郊のホテルで国際サッカー評議会(IFAB)の年次総会が開催される。サッカーのルール改正を決める唯一の会議。その席上で、アジアサッカー連盟とFIFAでともに副会長を務めるヨルダンのアリ王子が「アジアの女子サッカー振興のため、ヘジャブ着用を認めてほしい」と要請する。
20世紀前半には、ヨーロッパでも女子選手は帽子をかぶったままプレーしていた。それが社会の規範だった。
世界の各地で、人びとは他の地域では想像もつかない種類の制約の下にいる。サッカーが「世界のゲーム」になったのは、どんな制約下でもプレーしたいという人びとの情熱のおかげだった。宗教の戒律に従いつつ、不便を忍んでなおサッカーをプレーしたいという女性たちの情熱を止めるのは間違っている。
(2012年2月29日)
ウズベキスタン代表5選手に厳しいペナルティーが科せられた。
昨年11月15日のワールドカップアジア3次予選、タジキスタン戦で計画的に警告を受けたとして、国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会が5人に厳罰を下したのだ。
昨年11月、予選の記録を見た瞬間、「やったな」と思った。
ウズベキスタンは日本とともに2試合を残して最終予選進出を決めた。残るタジキスタン戦と日本戦は、いわば「消化試合」。そのタジキスタン戦で2点をリードした後半25分以降に5人の選手が次々と警告を受けた。いずれもそれ以前の試合で1回の警告を受けていた選手である。
3次予選の警告は最終予選までもち越され、累積2回で1試合の出場停止となる。正直なところ、私も日本代表のDF今野泰幸に11月15日の北朝鮮戦で警告が出たらいいなと考えていた。10月のタジキスタン戦で警告を受けていたからだ。しかし今野はそんなことなど知らないようにチームの勝利だけを考えてプレーした。
一方ウズベキスタンはDFムラジャノフ、MFトゥルスノフ、DFトゥフタフヤエフ、MFジェパロフ、FWガリューリンの5人が「カードゲット」に成功。事由がそろって時間の浪費だったことからも、試合の最後の20分間、彼らがUAEのアルザルーニ主審のポケットから黄色いカードを取り出させることに集中したことは明白だ。後半27分に交代ではいったジェパロフなど、まさに警告を受けるための出場だった。
そして後半12分に警告を受けて累積2回になったFWゲインリクを含め6選手が来週の日本戦に出場停止。以後は「きれいな身」となる...はずだった。
試合から2カ月、FIFA規律委員会は審判報告書やビデオ検証などでゲインリク以外の5人を「クロ」と断定した。日本戦だけでなく、最終予選の初戦も出場停止という厳しい処分である。
UEFAチャンピオンズリーグでも、10年の終わりに同様の不正な行為をしたレアル・マドリード(スペイン)の2選手と、それを指示したモウリーニョ監督が処分を受けたことがある。
警告の累積による出場停止はチームにとって頭の痛い問題。だが計画的にイエローカードを出させて出場停止となる試合を調整するという、サッカーと審判をバカにした行為をまかり通らせてはならない。イエローならぬ「レッドカード」を突きつけたFIFAの姿勢を評価したい。
(2012年2月22日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。