「私が得点した形になったのですが、本当にチームのみんなで取ったゴールです...」
ドイツで行われているFIFA女子ワールドカップの準々決勝、3連覇を目指す開催国ドイツを延長戦で下すゴールを決めた女子日本代表(なでしこジャパン)のFW丸山桂里奈(千葉)。試合直後の言葉だ。
サッカーはあくまでもチーム競技。どんな超人的な選手でも、ひとりでは試合に勝つどころか試合さえできない。チームがなければ「サッカー選手」は存在すらできないのだ。
当然、試合結果だけでなく得点も失点もチーム全体のものだ。ピッチ上でプレーした選手だけでなく、試合の準備をし、勝つために力を合わせてきた「チーム」という人間の集合体のものだ。
ところが「得点王」といった個人を表彰する慣習があるせいか、得点は個人のものと考えている人が少なくない。報道関係者にその考えがまん延しているのは本当に困りものだが、サッカーという競技を知り尽くしているはずの選手たちまでそう考えているとしたら、見過ごせない。
試合後、決勝点を決めた選手がインタビューを受けている。
「○○選手のおかげで、感謝しています」
アシストのパスを送った選手の名を挙げ、いかにも謙虚な姿勢に見える。だがその実、彼はその得点を「自分のもの」と思っていることがわかる。チームのものであれば、チームメートに感謝する必要などない。
ドイツを下した一撃は本当に見事だった。ボールを拾った左サイドバックの鮫島彩がセンターバックの熊谷紗希にバックパス。熊谷から右のセンターバック岩清水梓へ。相手が猛烈なプレスをかけるが、岩清水はワンタッチで前線に送る。下がってきたFW岩渕真奈が見事なコントロールをしながらターン。そこにサポートしてきたMF澤穂希は、迷わず浮き球で相手DFラインの裏に送る。
ここで丸山が登場する。巧妙なランニングでオフサイドになるのを避けた丸山は、ボールに追いつくと思い切り右足でシュート。右の角度のないところからだったが、ボールはドイツGKの肩口を破ってゴールに吸い込まれた。
チームでつないだすばらしいゴール。そして何よりも、試合直後の興奮のなかで「みんなで取ったゴール」と話した丸山の態度には、本物のチームプレーを体現する「なでしこらしさ」があった。
(2011年7月13日)
可憐な「なでしこ」と言うより「女忍者」だった。
ドイツで開催されている女子ワールドカップ。1次リーグのメキシコ戦(7月1日)で見せたMF大野忍(INAC神戸レオネッサ所属)のゴールだ。
MF澤穂希の豪快なヘディングで先制した直後の前半15分、大野はペナルティーエリアの右手前でFW永里優季からパスを受けた。
正面にはメキシコの大型DFガルシアメンデスが立ちふさがる。右からはコラル、左からはガルシア。わずか2㍍の距離で大野を包み込むようにしたメキシコの3人は、「捕まえた」と感じたに違いない。だがその瞬間、大野は「消えた」。
右足のインサイドで左からきたボールを止めた大野は、間髪を置かずその足のつま先に近い外側でボールに触れ、軽く転がして右前に出る。そしてガルシアメンデスの背後にすり抜けると、思い切り右足を振り抜いてゴール右に決めたのだ。
メキシコ戦では、主将の澤がハットトリックの大活躍、しかも男女を通じて日本代表の最多得点記録をつくったことで大きく注目された。だがこの試合で私が最も驚いたのは、2点目を決めた大野のマジックそのもののステップワークだった。
昨年のU-17女子ワールドカップ準決勝北朝鮮戦でのFW横山久美の4人抜きでの決勝点は、男子を含めた世界年間最優秀ゴール賞の候補にはいった。今回の大野のゴールはそれに勝るとも劣らない個人技だ。
通常なら右足で止めた後、左足でステップを踏み、それから右に体重を移しながら右前にボールを押し出す。ところが大野は左足に体重が乗るか乗らないかのタイミングで右足で再度ボールに触れ、右前に軽く跳びながら体を進めた。その間、体は完全にリラックスし、余分な力はどこにもかかっていなかった。こんな身のこなしは見たことがない。
近年の日本サッカーの特色はパスワークの良さ。しかしパスに頼るあまり、単独勝負を避けるという看過できない傾向も見える。そのなかで、大野の日本人ならではの身のこなしとステップワークは現在の壁を突き破る大きなヒントになる。
ただし身のこなし以上に大事なものを忘れてはならない。「1対3」でもひるまず勝負に挑んだ大野の積極果敢な姿勢だ。
「あそこでボールを受けたら仕掛けようと思っていた」(大野)
そのスピリットこそ、手本とすべきものなのかもしれない。
(2011年7月6日)
6月29日は「番狂わせ記念日」である。61年前、1950年のこの日、「サッカー史上最大の番狂わせ」が起こったのだ。
ワールドカップ・ブラジル大会の1次リーグ第2組、アメリカ対イングランド。ベロオリゾンテでの試合だ。
第二次世界大戦による中断を経て再開されたワールドカップ。ブラジル国民は自国の初優勝を願う一方、「サッカーの母国」イングランド代表の大会初出場に熱狂していた。
戦前の3大会は不参加だったイングランド。だがいまだホームで敗れたことはなく、世界的なスターを並べて「銀河軍団」と呼んでいい存在だった。
アメリカはセミプロと言っても1試合5ドル程度の報酬でプレーする選手が数人いるだけで残りはアマチュア。開幕2週間前に集合、数日間の合宿をこなした後、3日間をかけ、7便もの飛行機を乗り継いで、疲れ切ってブラジルに着いた。大西洋をゆったりと船で渡ってきて体調十分のイングランドとは、何もかも対照的だった。
青シャツ、白パンツのイングランド。対するアメリカは、白シャツに紺のパンツ。気温27度。ブラジルの6月は冬だが、高原に位置するベロオリゾンテは「常春の街」だった。
満員の観客のお目当てはイングランドのスターたちのプレーだった。期待に応え、イングランドは前半10分までに6本ものシュートを見舞った。だがことごとくアメリカGK、元プロ野球捕手のボルギがはね返した。
そして前半38分、アメリカに先制点が生まれる。MFバーがドリブルで前進して右からシュート。ボールは力なく飛び、イングランドGKが簡単にキャッチするように見えた。
だがそのとき、ひとりのアメリカ選手が猛烈な勢いで走り込み、大きくジャンプして頭で触れた。ボールはふわりと上がり、イングランド・ゴールに落ちていった。決めたのはハイチからアメリカに留学していたFWゲティエンスだった。
後半、再びイングランドの猛攻。だがアメリカは反則覚悟の猛タックルで防いだ。若いアメリカは体力には自信をもっていた。そして90分間が過ぎた。
アメリカ1-0イングランド。誰にも信じられない結果だった。間違いと思い込んだロンドンのある新聞が、「10-0でイングランドが勝った」と報じたほどだった。
優勝して当然と思われていたイングランドだが、スペインにも0-1で敗れ、1次リーグで姿を消した。そして屈辱的な負けを喫したアメリカ戦の青いユニホームを、再び着ることはなかった。
(2011年6月29日)
キーワードは「アウェーゴール」だ。
来年のロンドン五輪を目指すU-22日本代表は、19日(日)にアジア2次予選の第1戦を豊田スタジアムで戦い、クウェートに3-1で勝った。
ホームアンドアウェーの2戦制で行われている2次予選。23日(木)にクウェートで行われる第2戦で勝つか引き分けなら文句なく3次予選進出が決まる。しかし負けると状況は複雑になる。
負けても1点差なら2戦通算得点は日本のほうが多いから問題はない。3点差だと当然アウトだ。しかし2点差なら? ここで登場するのが「アウェーゴール・ルール」だ。
2試合合計得点が同じになった場合には、アウェーで得た得点が多いチームが勝ちというルール。0-2の負けだと合計得点は3-3だが、アウェーで1点取っているクウェートの勝ち。2-4での負けだと逆に日本の勝ちということになる。
1-3だとややこしい。第2戦は30分間の延長戦となるのだ。今予選の規約では、延長が0-0ならPK戦決着となるが、延長戦のスコアが同点でもゴールが記録されたときには、アウェーゴール・ルールが適用されて日本の勝ちとなる。
アウェーゴール・ルールが日本で使われるようになったのは06年以来。ナビスコ杯とJ1・J2の入れ替え戦で採用され、J1の福岡とJ2の神戸の間での入れ替え戦は神戸で0-0、福岡で1-1と2引き分けだったものの、神戸がJ1復帰を果たしている。
だが制度が生まれたのは1960年代と古い。欧州のクラブカップで採用されたのが始まりだった。当時、アウェーではがちがちに守備を固めて0-0の引き分けに持ち込むという戦術が横行、試合がつまらなくなった。そこでアウェーでも攻める姿勢を出させようと考案されたのだ。
豊田での第1戦、日本は後半16分にカウンターから見事な3点目を決め、安全圏に逃げ込んだかと思った。ところがその6分後に守備の判断ミスが出て絶対に与えたくなかった「アウェーゴール」を与えてしまった。
予報では日中の気温が45度にもなり、夜でも31度までしか下がらないという23日のクウェート。キックオフは現地時間で19時45分(日本時間24日午前1時45分)だが、過酷なコンディションとなるのは間違いない。
ホームで失った1点はけっして軽いものではない。それを帳消しにするには、先制点を狙う積極果敢なサッカーが必要だ。
(2011年6月22日)
ゴールキック24秒、コーナーキック29秒、フリーキック23秒、スローイン11秒、ペナルティーキック1分18秒、そして失点後のキックオフ42秒。
日本サッカー協会審判委員会がJリーグでリスタートにどれだけ時間がかかっているか調査した。右の数字は昨年のJ1全306試合で出た1回あたりの平均時間である。
「これから細かな分析が必要だが、海外と比較するとゴールキック(GK)とコーナーキック(CK)に時間がかかっているのは確か」と、松崎康弘委員長は説明する。
昨年のワールドカップで調べたデータでは、スペインが平均15秒でGKをけっていたのに対し、日本は28秒もかかっていた。出場32チーム中最長時間だった。そしてCKは、イタリアの16秒に対し、日本は27秒(19位)。GKやCKが遅いのは、日本サッカーのスタイルあるいは文化と言っていいようだ。
05年以来、審判委員会は試合中の実質的なプレー時間(アクチュアルタイム)を調べ、それを増やす方法を研究してきた。レフェリングの問題もある。しかし最も大きいのは選手の姿勢だ。
昨年のJ1では1試合平均54分43秒だった。アディショナルタイムを含めれば、プレーしていない時間が40分近くあることになる。そしてこの時間はチームによるばらつきが大きく、最も長い60分22秒を記録した広島に対し、最も短い鹿島は51分30秒だった。
「アクチュアルタイムが長いこと即ち良い試合というわけではない。過去数年間の数字を見ると、選手たちの意識が変わり、努力してくれているのがわかる」と松崎委員長。
だがJリーグの試合をひとつの「商品」と考えれば、プレーしている時間(内容量)に15%もの違いがあるのは、「購買者(観客)」に失礼だろう。リスタートにかける時間を1回につき1秒でも削る努力が、プロサッカーリーグとして当然の義務ではないか。
先週土曜日に行われたJ1第14節9試合の公式記録では、GKは175回(1試合平均19.4回)、CKは90回(10回)、フリーキックは264回(29.3回)、ペナルティーキックは1回(0.1回)、失点後のキックオフは23回(2.6回)あった。公式記録に残されていないスローインを除いても、単純に昨年の平均時間をかけると9試合で約4時間近くにもなる。
この数字を、「プロサッカー選手」たちはどう考えるだろうか。
(2011年6月15日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。