「我々はネイマールなしでも勝つことを学びつつある」
3月の親善試合でロシアに3-0、ドイツに1-0と、アウェーで連勝を飾ったブラジル。ベルリンでのドイツ戦は4年前のブラジル・ワールドカップでの歴史的大敗後初めての対戦と注目されたが、前半38分にFWガブリエルジュズスがゴールを決め、この1点を守り切って勝った。
2016年6月、ワールドカップ予選で低迷していたブラジル代表の監督に就任、以後8連勝で一挙に出場権を獲得して国民的英雄になったチッチ監督(56)は、この試合後にも落ち着いた低い声で試合を振り返った。そして冒頭に記した言葉こそ、ブラジルが6回目のワールドカップ優勝に向かって大きく前進したことを如実に表すものだった。
ネイマール(26)はブラジルのエース。アルゼンチンのメッシ、ポルトガルのクリスティアノロナウドと並び、誰もが認める現在の世界のトッププレーヤーだ。昨年の夏には2億2200万ユーロ(約290億円)という信じ難い巨額でバルセロナ(スペイン)からパリ・サンジェルマン(フランス)に移籍した。
4年前のブラジル代表において、ネイマールはすでに絶対的な存在だった。というより、ネイマールの突破力と得点力に、ブラジルの命運がかかっていた。準々決勝のコロンビア戦で彼が負傷すると、ブラジルの快進撃は突然止まった。その試合が、準決勝、ドイツに対する1-7という歴史的大敗だった。
チッチ就任以来の予選8連勝のなかでネイマールは6得点を記録している。どんな相手からも得点を奪ってチームを勝利に導いてくれる選手を欲しがらない監督はいない。しかしチッチは4年前のチームのようにネイマールに依存しているわけではない。
2月25日、ネイマールは日本代表のDF酒井宏樹が所属するマルセイユ戦で右足を負傷、「第5中足骨骨折」と診断されて手術を受けた。復帰見通しは2カ月半から3カ月後。ワールドカップに間に合うか非常に微妙なところだ。
ブラジルのレジェンド、ペレ(77)は「ネイマールの存在はブラジルにとって死活問題だ」と語った。チッチも「余人をもって替え難い」と評した。だがその一方で、3月23日のロシア戦でネイマールのポジションで先発することになったドウグラスコスタについて「彼は彼のプレーをすればよい。私たちは、より強くなるための挑戦を、チームとして続けるだけだ」と、エースを欠いてもチームの姿勢は変わらないことを示した。
そしてロシアとドイツに連勝。サッカーに対するチッチの真摯(しんし)な姿勢が、ブラジルをこれまでにない高みに導こうとしている。
(2018年4月4日)
日本代表の3月23日のマリ戦の観客数は1424人(日本サッカー協会発表)。ベルギー東部のリエージュ、収容2万7670人のモーリス・デュフラン・スタジアムは、数十人の熱心な日本サポーターの歌声はあったが、まるで「無観客試合」のようだった。
選手たちはワールドカップ代表に選ばれようと必死だったはずだ。予選敗退で新チームへの切り替え時にあたるマリの選手たちも非常に意欲的なプレーを見せた。それでも試合はどこか現実感が乏しかった。スタンドがほぼ空席だったためだろうか―。
代表チーム強化のための親善試合は、世界的にどんどん実施が困難になっている。ワールドカップ予選などの「真剣勝負」と比較すると関心が薄く、観客を集めにくくなっているからだ。スタンドががらがらでは、選手もやりにくいに違いない。
22日の木曜から24日土曜にかけて、ワールドカップに出場する32チームのうちベルギーを除く31チームが何らかの親善試合を行った。試合数合計は、出場チーム同士の対戦が10、一方だけが出場チームの試合が11の21。だがそのあり方は千差万別だった。
ロシア×ブラジル、ドイツ×スペイン、フランス×コロンビアといったワールドカップでも上位候補チーム同士の対戦には、親善試合でも関心が集まる。しかしそうしたビッグチーム同士の対戦を除くと一挙に関心が薄くなり、地元での開催より儲かるとばかりに、「中立地」に開催権を売って収入を得ようとするところまで出てくる。ポルトガル×エジプトはスイスのチューリヒでの開催だった。
今日のワールドカップ出場チームの大きな特徴は、選手の多くが欧州のクラブに所属しているということだ。だから欧州を舞台にした試合が多くなる。21試合中、欧州外での試合は5つだけだった。
となると、日本にしてみれば欧州のチームとのアウェーゲームが理想なのだが、それもままならない。ワールドカップで対戦するセネガルを考慮しての同じアフリカ勢のマリ戦は、日本の主催で欧州のどこかでやる必要があり、ポーランドと似たタイプのウクライナ戦も、日本相手では人が集まらないためか、やはり日本の主催ゲームとなった。
欧州の地でスタジアムを借りての「ホームゲーム」は2001年の10月が最初で、8試合ほどになるはずだが、2回のブラジル戦を除けばいずれも「無観客」に近く、好ゲームだった記憶もない。大観衆の前の試合でなければ強化につながらないわけではないが、選手たちに少なからぬ影響を与えるのは間違いない。喜んでアウェーで対戦してもらえるよう、日本が力をつけるしかないのだろうか。
(2018年3月28日)
「サッカーにおいて、『技術がある』ことと『サッカーがうまい』ということはイコールではない」
湘南ベルマーレの曺貴裁(チョウ・キジェ)監督は四半世紀を過ぎたJリーグの歴史でもきわめて異色の存在と言える。2012年にJ2の湘南の監督に就任、圧倒的な走力をもったアグレッシブなチームに変貌させて1年でJ1に昇格、以後2回降格の苦渋をなめたが、そのたびに進化したチームを引っ提げて1年でJ1復帰を果たし、ことしはJ1で開幕から1勝2分け。「湘南らしさ」満載の試合でファンを喜ばせている。
冒頭の言葉は、3月11日に行われた名古屋戦後の記者会見でのコメントである。圧倒的な個人技をもつ選手をそろえた名古屋に対し、積極的な姿勢を失わなかった湘南にどんな心理的マネジメントをしているのかという質問に対し、曺監督はその日のミーティングで選手たちに話したことを紹介してくれたのだ。
試合に勝つには、サッカーがうまくならなくてはならない。だがそれは技術だけの話ではない。もちろん技術を上げるための努力は必要だが、きょうの試合でいきなり上手になることはできない。「サッカーがうまい」とは、判断と動きが伴うもので、サポートの動き、いつどう走るのかなどを理解し、実行できれば、技術の差を埋めて勝利をつかむことは可能という話だったという。
ボールを自由自在に扱ったり、ドリブルで何人も抜くことのできる選手を、私たちは「うまい」と称賛する。しかし曺監督が言うように、それだけで試合に勝てるわけではない。「技術のうまさ」だけで勝負が決まるなら、ワールドカップの優勝はいつもブラジルになるだろう。しかし実際には、ドイツやイタリアが優勝をさらう。
ドイツもイタリアも、技術ではブラジルに勝てないことを知りつつ、自分たちがもっている長所を最大限に生かして戦いを挑む。言い換えれば、どんな国や民族もそれぞれの長所を最大限に生かしたサッカーで世界に伍して戦うことができるということだ。
ワールドカップ開幕までちょうど3カ月。日本代表に何事かを成すチャンスがあるとしたら、「日本らしさ」を貫いたときだけであるのは間違いない。ブラジルにもドイツにもイタリアにもない能力を「サッカーのうまさ」として表現し、それを武器に戦うしかない。
何より大事なのは、川崎や名古屋といった圧倒的な技術を誇るチームに恐れずに立ち向かった湘南のように、自らの力を信じ、なすべきことを90分間集中して実行する規律の高さ(=意志の力)であるに違いない。
(2018年3月14日)
「私は機械になります」
初出場の2010年ワールドカップを前に、相楽亨副審はそう話した。その相良氏がいまでは「そのうち機械が私に代わるでしょう」と笑う。
主審は試合の流れや選手たちの戦術的意図などを考慮に入れて総合的な判定を下すことを求められている。だが副審は、ボールが外に出たか否か、オフサイドかどうかをただただ正確に判定しなければならない。「機械になる」とは「最高の副審をする」という宣言だった。逆に言えば、正確に位置判定ができるカメラとオフサイドの諸条件を学習させたAIを組み合わせれば、機械にも副審ができるようになるのかもしれない。
笑い話ではない。サッカーのルールを決める国際サッカー評議会(IFAB)が3月3日の年次総会で「ビデオ副審(VAR)」の使用を正式に認可した。VARシステムは、ピッチ外にいてさまざまな映像を見る審判資格者がピッチ内の主審にアドバイスする形。「機械判定」ではないが、現場で事象を見ての判定だけでなく、映像を使うという面で155年のサッカーの歴史で革命と言ってよい。
VARは2016年春にテスト導入が許可され、以後20カ国、1600以上の試合で実施されてきた。その6割が公式戦である。IFABがベルギーのルーベン・カトリック大学に依頼した調査によれば、判定の精度はVARを使っていない場合の93.0%から98.8%へと上がったという。
しかし今季の全306試合でVARを使っているドイツのブンデスリーガを始め、トラブルも少なくない。何よりVARの介入によって長ければ試合が数分間ストップすることに、多くの選手やコーチたちが不満を表している。VARはまだ開発途上の段階にあると私は考えている。
「判定のスピードアップと審判間の意思疎通の向上を図らなければならないが、VARの導入はサッカーとレフェリングのためにもなり、試合をより公正にするものだ」
そう語るのは国際サッカー連盟(FIFA)のインファンチーノ会長。彼は2年前からことしのワールドカップでVAR使用を約束していた。
ひとつの勝利が大金につながる現代のトップクラスのサッカー。VARの導入は不可避かもしれない。だがその運用のノウハウがまだ成熟していない段階で、会長の意向に合わせるように「正式採用」を決めたのは、「急ぎ過ぎ」の感を否めない。
VARで浪費される時間を短縮するだけでなく、選手や観客からのピッチ上の審判員の尊重、審判員のメンタルケアなど、VARには目に見えない課題がたくさんあるように思う。ワールドカップまでに、そうした問題をどこまで解決できるか―。
(2018年3月7日)
「これはね、ここから中には相手を入れてはいけないというラインなんだ」
1987年から日産(現在の横浜FM)で活躍し、後に監督も務めたオスカーは、日産の若いDFたちにこう説明した。彼が指し示したのは、ゴールから16.5メートル、ペナルティーエリアのラインだった。
「この中からシュートを打たれたら失点の可能性が高くなる。だから絶対にこの手前で止めなければならない」
26シーズン目のJリーグが開幕した。第1節の9試合で生まれた得点は19。1試合平均2.11ゴールは、昨年の全306試合での793得点、1試合平均2.59ゴールと比較すると少し寂しかった。
Jリーグでは試合前にピッチ上で20~30分間のウォームアップが行われる。やり方は千差万別だが、どのチームもその締めくくりは1人何本かずつのシュート練習ということになる。だがこれがなかなかはいらない。10本のうちGKを破ってゴールにはいるのは1本程度。半数の5本以上がゴールの枠を外れ、枠内に飛んでも5本中4本はGKに止められる。
失礼ながら、「シュートを外す練習をしているのか...」と、見るたびに思う。
相手の妨害がある「試合」ではなく、妨害のない練習なのになぜはいらないのか。どのチームもほぼ例外なくペナルティーエリアの外からばかりシュートしているからだ。
日本サッカー協会が2014年のワールドカップ後に発表した『テクニカルレポート』に、2002年から4大会分の「得点となったシュートが打たれた位置」に関するデータがある。4大会全624ゴールのうちゴールエリア内が23.7%、ペナルティーエリア内が53.4%。派手なスーパーゴールが多いという印象があるワールドカップでさえ、ペナルティーエリア外からのシュートで得点になったのは15.4%に過ぎない(7.5%はPKによる得点)。ちなみに今季のJリーグ第1節の得点は、それぞれ15.8%、68.4%、10.5%、5.3%。やはりペナルティーエリア内からのものが圧倒的に多い。
ならば、シュート練習はペナルティーエリア内からいかに決めるかに重点を置くべきだ。ロングシュートが必要な場面もあるが、エリア外から力いっぱいける練習ばかりでは得点力は上がらない。
オスカーが話したように、得点することとは、ペナルティーエリアにはいってシュートを打つことだ。いかにエリア内でのシュートの状況をつくるかはチームの攻撃の最重要課題であり、そのシュートを得点に結び付けるのは個々の選手に課せられたテーマと言える。そこに、適切なシュート練習の必要性がある。
(2018年2月28日)
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