
「サッカーは人間がするもの。テクノロジーには頼らない」
3月6日、サッカーのルールを決める機関である国際サッカー評議会(IFAB)はゴール判定装置やビデオ判定などを今後の検討の対象から完全に除外することを決めた。
今季ヨーロッパの大会で実験が行われている両ゴール裏の「追加副審」については、5月に特別会議を開いて実験を続けるかどうかを決めるが、どのような結論になっても、ことしのワールドカップでの起用はない。
昨年に続きことしも大きなルール改正はない。ただ、同チームの選手同士が衝突して複数の選手が負傷した場合には、ピッチ内で治療できることとした。ルールの根本精神のひとつである公平の観点からの改正だ。
さて同じ日、日本ではJリーグが開幕。私は鹿島対浦和を取材したが、逆に「大きなルール改正?」と思いたくなる判定を見た。
ことし、日本サッカー協会の審判委員会は手の不正使用の撲滅を宣言した。
近年、攻守両面で手や腕を不正に使う行為が横行している。相手のユニホームをつかむ。体を入れられそうになったら腕で押しのける。抜かれそうになったら相手の腕をつかんで引っ張る...。
Jリーグだけではない。少年チームにまでこの傾向は及ぶ。反則であることはルールブックに明記されているのだが、勝つための手段として指導されたのか、推奨されたのか。少なくとも看過されてきたのは間違いない。
しかし昨年、ユース年代の国際大会で日本選手の手の不正使用が厳しく指摘された。反則を取られて大きな不利益もあった。そこで撲滅宣言が行われ、こうした行為を見逃さずに反則をとるよう、Jリーグの担当審判員に指示が出たのだ。
手の不正使用をなくすことは、サッカー発展の重要な要素だ。損得の問題ではない。手の不正使用は攻守両面で技術の向上を妨げるものだからだ。
だが、鹿島対浦和では、ただ手が相手の体にかかっているだけで反則にする場面が何回も見られた。これは行きすぎではないか。反則にするのは、相手の突破を止めたり、相手のバランスを崩すなど、それによって明らかに利益を得た場合に限るべきだと思う。
きまじめさは日本の審判員の美質であり、大きな長所だが、押されたり引っ張られたりした選手がなおもプレーを続けようとしているときに笛で止めてしまうのは、試合の魅力をそこねるものだ。
(2010年3月10日)
「岡田ジャパン」が危機的状況にある。
今夜豊田スタジアムで行われるバーレーン戦(アジアカップ予選最終戦)。ともに出場権を確保し、本来ならば「消化試合」だが、日本代表にとっては、ワールドカップへ向け、右に行くのかそれとも左か、重大な岐路になってしまった。
2月に行われた4試合で攻撃がうまくいかなかったことが理由ではない。東アジア選手権で3位に終わったことでもない。この4試合でチームに崩壊の予兆が見えたことこそ、大問題だった。
4年前の06年ワールドカップで、日本代表はファンに大きな失望を与えた。オーストラリアに逆転負けし、1分け2敗でグループリーグ敗退。だが失望の本当の原因は試合結果ではなかった。
02年から4年間指揮をとったジーコ監督のチームづくりは、選手間の相互理解を深めるとともに、どんな状況でもあきらめずに力を合わせて勝つことに集中するチームスピリットが柱だった。05年6月に予選を突破するまではそのスピリットが貫かれていた。チームは目標に向かってひとつになっていた。
しかしその後に崩壊がきた。ブラジルやドイツと引き分けたことで勘違いしたのか、選手たちは自分のことばかり考えるようになり、ワールドカップを迎えるころにはチームはばらばらになってしまったのだ。敗戦の背景に見えたチームスピリットの崩壊こそ、失望の最大の要因だった。
その過ちを繰り返してはならないと、岡田武史監督は「ベスト4宣言」を打ち出し、昨年後半、予選突破後のチームスピリットを鼓舞してきた。9月から11月にかけての7試合で示された選手たちのプレーぶりは、志の高さを感じさせた。
だが年を越したとたんに、そのスピリットに黄信号がともった。2月の東アジア選手権後にいっせいに「岡田解任論」が出たのは、ファンが崩壊の予兆を敏感に感じ取ったからにほかならない。難しい戦術論ではない。チームスピリットがあるかないかなど、誰の目にも明白だ。
その4試合を受けての今夜のバーレーン戦で問われるのは、何よりもチームスピリットに違いない。もし不幸にも再びそれが感じられない試合を見せるようなことになったら、日本サッカー協会は即座に監督交代の決断をする必要がある。
岡田監督の目指すサッカーの方向性は間違っていない。しかしチームをまとめきれないのであれば、他の道を選ぶしかない。
(2010年3月3日)
ワールドカップ南アフリカ大会を担当する30組90人の審判員が発表された。日本の西村雄一主審、相樂亨副審、韓国の鄭解相(チョン・ヘサン)副審のチームも選出された。
ただし全員が南アフリカのピッチに立つことを約束されたわけではない。5月の最終チェック次第では交代要員に回らなければならない。4年前、06年大会では26組78人が選ばれたが、実際にピッチに立ったのは21組63人だけだった。
今回発表された30人の主審には日本に不思議な因縁をもつ人がいる。メキシコのベニト・アルマンド・アルチュンディア氏(42)。96年アトランタ・オリンピック、「マイアミの奇跡」と言われるブラジル戦の主審である。
当時30歳。だがすでに国際審判員として3年半の経験をもっていた。93年には日本で開催されたU-17世界選手権に参加、27歳の若さで準決勝まで4試合もの主審を務めた。
96年4月にはJリーグの招きで来日、9試合の主審を務めた。オリンピック初戦のブラジル戦でそのアルチュンディア氏の顔を見た日本選手たちは驚いたのではないだろうか。
以後、99年南米選手権(パラグアイ)、01年コンフェデ杯(日本)で、彼は日本代表の試合を担当した。03年U-20世界選手権(UAE)ではエジプト戦勝利の主審だった。そして08年クラブワールドカップ(日本)準決勝では、G大阪がマンチェスター・ユナイテッドに挑んだ試合で笛を吹いた。
20代から注目されていたアルチュンディア氏だったが、なぜかワールドカップには縁が薄かった。ようやく出場の夢がかなったのは40歳を迎えた06年のドイツ大会。そこで彼は1大会で5試合の主審を務めるという新記録を樹立する。最大の栄誉は、ドイツ対イタリアの準決勝だった。
国際審判員の定年は45歳。アルチュンディア氏にとって今回が最後のワールドカップだが、フランスのジョエル・キニウ氏(86~94年の3大会に出場)のもつワールドカップ主審8試合という記録の更新は十分可能だ。
96年以来彼が主審を務めた日本の6試合の成績は4勝2敗。01年コンフェデ杯でのカメルーン戦の勝利も含まれている。アルチュンディア氏は日本に幸運をもたらす主審に違いない。彼の新記録樹立(南アフリカで4試合目ということは、間違いなく決勝トーナメントだ)が日本の勝利でしめくくられれば、言うことはない。
(2010年2月10日)
ティエリ・アンリ(32)。フランス代表主将が、ワールドカップ・ヨーロッパ予選のアイルランドとのプレーオフにおいて手でボールをコントロールして決定的な得点にアシストしたことは昨年11月に大きな話題となった。
2試合180分間を終わって通算スコアは1-1。ワールドカップへの出場権は、30分間の延長戦にかけられることになった。
その延長前半終了直前、フランスが中盤でFKを得た。ゴール前に入れられたボールをいちばん左外から走り込んだアンリが左手で止め、すかさず中央に送ると、DFギャラスが頭でゴールに押し込んだ。これで2戦合計2-1となり、そのまま押し切ったフランスがワールドカップ出場権を獲得した。
当然、アイルランドの選手たちは猛烈に抗議した。しかし主審も副審も第4審判も、アンリが何をしたのか確認することはできず、ゴールを認めた。
「ボールは僕の腕に当たって前に落ちた。僕はプレーを続け、主審は得点を認めた」
試合後、アンリはハンドがあったのは確かだが、それが反則かどうか決めるのは主審の仕事だと言い放った。
大きな論争になった。欧州で試験的に導入されている「ゴール裏副審」がいれば反則を確認できたはず...。ビデオを確認して最終的な判断をすれば間違いは起こらなかった...。
だがどんなに審判を増やしてもテクノロジーを導入しても、最終的に判断するのが人間である以上、誤審がゼロになることはありえない。私は、選手自身がもっと正直になるしかないと考えている。
思いがけなく飛んできたボールがただ手に当たっただけでなく、反射的にそれをけりやすいところに落としたことは、アンリ自身が承知し、ギャラスにも見えていたはずだ。主審と副審が協議している間にどちらかが正直に話していれば、こんな大ごとにはならなかったはずだ。
世界中からの猛烈な抗議に合い、アンリは代表からの引退まで考えたという。国際サッカー連盟(FIFA)がゴールと試合結果を認め、アンリに罰を課すこともなかったために、アンリは自らの過ちをつぐなうことさえできない。
日本には「人の噂も七十五日」という言葉がある。しかしあの事件から2カ月半を経過してもまだ騒ぎは収まらない。結局のところ、アンリもフランス代表も、ワールドカップ出場と引き換えに大きなものを失ったのではないだろうか。
(2010年2月3日)
「みんなはブラジルだ、スペインだと言うけど、僕はアメリカに注目しているんだ」
そう話すのは、私の古い友人で、サッカーのデータ分析の専門家である庄司悟さんだ。
アメリカは昨年6月に南アフリカで行われたFIFAコンフェデレーションズカップで準優勝。準決勝でスペインを2-0で破り、決勝のブラジル戦では2点を先行した。
ワールドカップの北中米カリブ海地域予選を首位で突破し、現在FIFAランキング14位。ワールドカップではC組でイングランド、スロベニア、アルジェリアと対戦する。02年大会ではベスト8。狙いはベスト4だ。
コンフェデ杯のデータで庄司さんが何よりも注目したのは、アメリカ選手のスプリント(ダッシュ)の回数、とくにMF陣のスプリントの多さだった。従来の常識ではチームでスプリントが多いのはサイドバック。実際、コンフェデ杯の他チームのデータもその「常識」を裏付けている。
だがアメリカで最もスプリントが多いのは攻撃的MFのドノバンとデンプシーの2人だ。ボランチのクラークとブラッドリーもチームのなかで常に上位にはいっている。
アメリカのMF陣は攻撃面ではFWを追い越して前線に飛び出していくプレーを繰り返し、守備面ではボールをもつ相手を猛然と追い詰める。そしてこうしたプレーを90分間にわたってやり抜くことができる。
さらに庄司さんは、戦術面でもアメリカには他チームにない新しさがあると言う。ボールを奪ってからの攻撃への切り替えが非常に速い。特徴的なのははその攻撃の方向だ。相手ゴールにダイレクトに向かうのでもなく、逆サイドに展開するのでもない。その中間の角度に鋭く展開する。これによって、攻撃の二大要素である「広さ」と「深さ」を同時につくり出し、相手に安定した守備を組織しにくくさせるのだ。
アメリカの選手たちは、フィジカルの強さに加え、一人ひとりが果敢な決断力をもち、進んでリスクにチャレンジする。MFブラッドリーの父でもあるボブ・ブラッドリー監督は、選手たちの特徴を生かし切ったサッカーをつくり上げた。
ことし最初の合宿にはいった日本代表。岡田武史監督は「世界を驚かせ、ベスト4にはいる」と宣言しているが、アメリカもまったく同じ野心をもち、しかも実績と具体性を兼ね備えている。
ワールドカップ開幕まで、残り134日。
(2010年1月27日)