サッカーの話をしよう
No10 判定ミスもサッカーのうち
サッカーは何人でする競技かご存じだろうか
「11人と11人、合計22人」という答は50点。レフェリー(主審)とラインズマン2人、合計25人というのが正解だ。
黒い服を着て目立たないが、試合をするうえでなくてはならない存在なのが審判員だ。最近のトップクラスの試合では、もうひとり予備審判を置き、4人制で試合を運営している。
サッカーでは審判の権威は絶対のもの。選手も監督も、審判に抗議も質問もできない。主将にはその権利があると思っている人は多いが、それは誤解だ。
ルールは「競技の結果に関する限り、競技に関連する事実についての主審の決定は最終的である」としている。回りくどい言い方だが、要するにレフェリーの決定は誰にも変えられないということだ。
86年ワールドカップで、アルゼンチンのマラドーナが手でゴールを決めた。あまりに巧妙だったのでレフェリーは気づかず、ゴールを認めた。もちろん、後にハンドだったことが確認されたのだが、試合結果が変わることはなかった。「競技に関連する事実」については、レフェリーの決定が最終的だからだ。
だが今日のサッカーがかかえる問題のひとつが審判であることは隠しようのない事実だ。世界の最高峰の大会であるワールドカップでも判定のミスや執拗な抗議などが続出し、国際サッカー連盟(FIFA)を悩ませた。
問題はいくつもあった。ひとつはラインズマンの能力不足。大会に集められた世界のトップ審判員は通常は主審しかやったことがなかったからだ。FIFAはラインズマンの重要性を再認識し、92年からそれまでの国際審判員に加え、国際ラインズマンも認定して質の向上を計っている。
第2の問題は選手が完全なプロの時代に、審判員の大半がアマあるいはセミプロであるという点。信じ難い話だが、職業として審判をしている人は世界にも皆無といっていいほど。FIFAは審判員のプロ化を世界に呼びかけている。
そして第3の問題、それは、百年以上も続いている審判システムそのものだ。現代のサッカーは百年前に比べはるかにスピードアップし、戦術的に複雑化している。これをたった3人でコントロールできるのか。レフェリーを2人にしたらどうか、ラインズマンも4人に増やしたら、あるいはアイスホッケーのようにゴール判定専門の審判員が必要なのではないか。この問題は今後FIFAで積極的に議論されていくはずだ。21世紀を迎えるころには、審判のシステムは大きく変わったものになっているだろう。
しかし忘れてはならないことがある。どんないいシステムをつくっても、それを実行するのは人間であり、人間にはかならずミスがあるということだ。
サッカーというのは、ある意味でミスによって成り立つ競技ということができる。得点の8割は、完全な攻撃プレーからではなくディフェンス側のミスから生まれる。ミスがなければハンドボールのような試合になってしまう。
FIFAのフェアプレー賞を受賞したことのあるリネカー(名古屋グランパスエイト)はこう語る。
「レフェリーにもミスがあるが、それはある程度許されるべきものだ。なぜならば、選手も同じようにミスをするからだ。1試合を通してみると、レフェリーも選手も同じくらいのミスをしているのではないか」
選手やチームには受け入れ難いことかもしれない。しかし「判定ミスもサッカーのうち」なのだ。
(1993年7月6日=火)
「11人と11人、合計22人」という答は50点。レフェリー(主審)とラインズマン2人、合計25人というのが正解だ。
黒い服を着て目立たないが、試合をするうえでなくてはならない存在なのが審判員だ。最近のトップクラスの試合では、もうひとり予備審判を置き、4人制で試合を運営している。
サッカーでは審判の権威は絶対のもの。選手も監督も、審判に抗議も質問もできない。主将にはその権利があると思っている人は多いが、それは誤解だ。
ルールは「競技の結果に関する限り、競技に関連する事実についての主審の決定は最終的である」としている。回りくどい言い方だが、要するにレフェリーの決定は誰にも変えられないということだ。
86年ワールドカップで、アルゼンチンのマラドーナが手でゴールを決めた。あまりに巧妙だったのでレフェリーは気づかず、ゴールを認めた。もちろん、後にハンドだったことが確認されたのだが、試合結果が変わることはなかった。「競技に関連する事実」については、レフェリーの決定が最終的だからだ。
だが今日のサッカーがかかえる問題のひとつが審判であることは隠しようのない事実だ。世界の最高峰の大会であるワールドカップでも判定のミスや執拗な抗議などが続出し、国際サッカー連盟(FIFA)を悩ませた。
問題はいくつもあった。ひとつはラインズマンの能力不足。大会に集められた世界のトップ審判員は通常は主審しかやったことがなかったからだ。FIFAはラインズマンの重要性を再認識し、92年からそれまでの国際審判員に加え、国際ラインズマンも認定して質の向上を計っている。
第2の問題は選手が完全なプロの時代に、審判員の大半がアマあるいはセミプロであるという点。信じ難い話だが、職業として審判をしている人は世界にも皆無といっていいほど。FIFAは審判員のプロ化を世界に呼びかけている。
そして第3の問題、それは、百年以上も続いている審判システムそのものだ。現代のサッカーは百年前に比べはるかにスピードアップし、戦術的に複雑化している。これをたった3人でコントロールできるのか。レフェリーを2人にしたらどうか、ラインズマンも4人に増やしたら、あるいはアイスホッケーのようにゴール判定専門の審判員が必要なのではないか。この問題は今後FIFAで積極的に議論されていくはずだ。21世紀を迎えるころには、審判のシステムは大きく変わったものになっているだろう。
しかし忘れてはならないことがある。どんないいシステムをつくっても、それを実行するのは人間であり、人間にはかならずミスがあるということだ。
サッカーというのは、ある意味でミスによって成り立つ競技ということができる。得点の8割は、完全な攻撃プレーからではなくディフェンス側のミスから生まれる。ミスがなければハンドボールのような試合になってしまう。
FIFAのフェアプレー賞を受賞したことのあるリネカー(名古屋グランパスエイト)はこう語る。
「レフェリーにもミスがあるが、それはある程度許されるべきものだ。なぜならば、選手も同じようにミスをするからだ。1試合を通してみると、レフェリーも選手も同じくらいのミスをしているのではないか」
選手やチームには受け入れ難いことかもしれない。しかし「判定ミスもサッカーのうち」なのだ。
(1993年7月6日=火)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。