サッカーの話をしよう

No25 ナショナルチームのスタイル

 カタールで行われているワールドカップのアジア最終予選で、なつかしい光景に出会った。ボールボーイたちがハーフタイムにフィールドの中央でゲームをやり始めたのだ。
 日本リーグでも、かつて同じようなことをしていた時期があった。ボールボーイでなく観客のなかから希望者を募り、抽選で数10人を選んで試合を行わせていたのだ。これがなかなか面白かった。ひとりで、いやというほどボールをもつ少年もいれば、ほとんど何もできない少年もいる。観客も少なく、歓声で沸くことがほとんどない時代。だがこのゲームのときだけスタンドも大いに沸いた。

 だがカタールのボールボーイによるハーフタイムゲームは10年以上も前に日本リーグで見ていたものとは質が違った。どの少年もボール扱いがうまく、身のこなしもすばらしい。市内にいくつもあるクラブの少年チームの選手なのだろうが、そのレベルの高さは驚くばかりだ。
 人口わずか50万人。日本全国のどこにでもある中程度の都市と変わらない規模の小国カタールが近年示しているサッカーの強さには目を見張るものがある。今回こそ一次予選で不覚をとったが、昨年のオリンピックで上位に進出し、アジアの大会でも常に顔を出している。ハーフタイムゲームに、その強さの秘密の一端を見る思いがした。

 ナショナルチームの大会は、人口が10億の国だろうと50万の国だろうと、1チームしか出せない。当然のことだが、考えてみると面白い。そして、10億から選ばれたチームを小さな国の代表チームが倒すことも珍しくはない。
 過去2回ワールドカップ優勝したウルグアイはわずか300万人の小国。それがアルゼンチンやブラジルを倒して世界チャンピオンとなり、現在も世界のトップクラスにランクされる強豪だ。たまたま天才が現れたときに勝つのではなく、恒常的に強いナショナルチームをもっているのだ。
 そのベースとして、カタールに見たような少年たちの熱意とレベルの高さがあるのは当然だが、さらに、その国ならではのサッカーが選手は変わっても受け継がれている。それが伝統と呼ばれるものであり、伝統に裏付けされたサッカーの「スタイル」を相手チームは畏怖するのだ。
 厚い選手層やレベルの高い国内リーグの存在は強いナショナルチームをつくるのに欠かせない要素だが、国際大会で安定した好成績を収めるナショナルチームをつくるには相手を恐れさせるスタイルをもたなくてはならない。監督や選手が変わっても受け継がれるものがなくてはならない。

 日本でも、過去何十年にもわたって「日本のサッカーの確立」が議論され、模索されてきた。その意味で現在のオフトのチームにかかる期待は大きい。
 昨年のアジアカップで優勝したことで、現在のところ日本中のサッカー関係者がオフトイズムのとりこになっている。彼の理論が研究され、コーチたちは日本代表のコピーをつくろうと努めている。今回の予選を勝ち抜いて史上初のワールドカップ出場を決めれば、その影響力は決定的なものになるはずだ。
 いま「ハーフタイムゲーム」をやらせたら、日本の少年たちも、カタールの少年たちに負けないプレーを見せてくれるだろう。それだけに、彼らが模倣すべき見本、他の国々を恐れさせる日本サッカーの理想の「スタイル」を与えてやりたい。
 それが可能なのは、コーチや少年プレーヤーたちが誇るに足るナショナルチームの成果だけだ。

(1993年10月19日=火)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月