サッカーの話をしよう

No105 日本にチャンスを与えたのはフーリガン?

 ロンドン、リバプール、ノッティンガムと転戦するうちに日本代表が国際的に大きな評価を得た「国際チャレンジ大会」。この機会を日本に与えことになったのは、悪名高きイングランドの「フーリガン」だったと書いたら、読者の皆さんは驚かれるだろうか。

 この大会は、来年イングランドで開催される「欧州選手権」のリハーサル大会として企画された。今回使用された5つの会場は、いずれも来年の会場だ。
 イングランドでは、サッカー・スタジアム内外で乱暴な行為を働く「フーリガン」が80年代に社会問題化した。英国政府は、その解決のために「96年までに観客席をすべて個席にする」ことを法制化した。
 イングランドではスタジアムはクラブ所有。その大半は、この法律ができるまで大きな立ち見席をもっていた。若いサポーターにきてもらうために、安い入場料で詰め込める立ち見席が必要だったのだ。

 しかし英国政府は、サポーターを詰め込んだこの立ち見席こそ、フーリガン騒動の元凶だと判断した。
 詰め込むから事故が生まれる。サポーター同士のケンカの元になる。無秩序だからフーリガンを排除することができない。個席にすれば安全だし、札付きのフーリガンを締め出すことも可能となるはずだ。
 今大会使用の五スタジアムは、いずれもその法律に従って大改修が終わったものばかり。その美しさに、日本の取材陣からは感嘆の声が絶えなかった。
 当然、各クラブは改修のために多額の資金を必要とした。96年欧州選手権はその出費を取り戻すための開催という要素が強い。

 少し長い話になったが、「国際チャレンジ」はこうした経過で生まれた大会なのだ。そしてこの時期ヨーロッパの国々は欧州選手権の予選をかかえていることから、「リハーサル」はグローバルな大会にしようということになり、世界チャンピオンのブラジルと、急成長するアジアの代表として92年アジアカップ優勝の日本が招待されたのだ。

 では、「全個席スタジアム」にすると、どんな影響があるのだろうか。
 プラスの要素は、もちろん、すべての観客が快適に試合を見ることができるようになったことだ。
 マイナスの第一は、収容数が大幅に減ったことだ。かつては5万人クラスのスタジアムだったのが、全個席に改修後は3万5000人程度というところが多い。そして第二が、「サポーターの危機」である。
 声を合わせての応援はある。歌声もときどき聞こえる。しかし、かつて世界のサッカーファンが夢のようにあこがれたあのカラフルなスタンド風景はすっかり姿を消してしまった。すべて座席指定の個席だから、サポーターは分断され、まったく迫力がない。

 世界のスタジアムは、全個席の方向にある。それは観客の快適さだけでなく、フーリガンを締め出す、保安の行き届いたスタジアムにするためなのだ。
 しかしその結果は、パフォーマンスと歌声で楽しくカラフルな雰囲気をつくり出してきた「サポーター」が消滅した、味気のない試合である。
 Jリーグでは、「立ち見席」を容認している。現在のところ、悪質なフーリガンがいないお陰だ。
 日本のスタジアムを立ち見席のある楽しいものにしておくためにも、クラブとサポーターはともに「フーリガン化防止」の努力を怠ってはならない。
 英国と同じ事態になったとしても、日本に「欧州」選手権をもってくることはできないのだ。

(1995年6月13日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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