サッカーの話をしよう
No109 GKコーチのレベルアップを図れ
横浜マリノスのブラジル人ゴールキーパー(GK)コーチ、エジーニョが古傷の右ヒザを痛めたという話を聞いた。アルゼンチン人のコーチ陣が帰国してしまったため、オーバーワークになったからだという。
現在、Jリーグでは大半のクラブに専門のGKコーチがいる。そのうち外国人が六人、オーストリアから一人、ブラジルからは五人も来ている。
そして日本代表チームのGKの指導に当たっているのも、ブラジル人のマリオ・コーチだ。
ことしはじめ、GKは日本代表の弱点のひとつだった。五月にベテランの松永成立(当時横浜マリノス)が所属チーム内でのトラブルが原因で代表から外れると、残ったのはほとんど国際経験のない選手ばかり。前川和也(サンフレッチェ広島)、小島伸幸(ベルマーレ平塚)、下川健一(ジェフ市原)の三人のGKが5月から6月にかけての国際大会の日本代表に選出されたとき、私は不安を感じずにいられなかった。
前川は7試合の国際試合出場経験があったが、あとのふたりは出場経験ゼロ。しかも前川はボールを前に落とすクセがあり、Jリーグでも不安定なプレーを繰り返していたからだ。
イングランドの3試合では負傷が重なって、結果的に3人が1試合、90分間ずつプレーするという、珍しいケースとなった。そのなかで、3人とも見事なプレーを見せたのは、うれしい驚きだった。
前川はイングランド戦の立ち上がりに絶体絶命のピンチを防ぎ、その後の日本の大健闘を引き出した。小島はデビュー戦とは思えない落ちついた守備でブラジル戦を戦い抜いた。そしていちばん若い下川も安定した守備を見せた。
いずれも甲乙つけ難い、すばらしいゴールキーピング。「いちばん不安なポジション」は、一転して「最も人材豊富なポジション」となった。そしてその陰には、マリオ・コーチのすばらしい指導があった。
五月の合宿からの約一カ月間で、三人は大きく成長した。それは、良質のGKコーチと適切なGKトレーニングの必要性を再認識させるものだった。
Jリーグのクラブはまだいい。下部のクラブになると、専門のGKコーチなどいない場合が多い。技術の習得で最も重要なユース年代、高校チームでは、GKの相手をするコーチさえいないところが圧倒的だ。 あまり知られていないことだが、GKが覚えなければならない技術の種類はフィールドプレーヤーとは比較にならないほど多い。そのすべてを身につけ、試合のなかで適切な技術一瞬のうちに選択し、正確に使わなければならない。これほど「指導者」が求められるポジションはない。
だが現実は絶望的だ。GKコーチのいないチームでは、GKたちは互いにボールをけり合って練習するしかないのだ。
「GKコーチ」の必要性の認識が第一。そして経験的なコーチングでなく、科学的な「GKコーチ学」を確立し、それを身につけたGKコーチの養成に力を注がなければならない。
単独チームでGKコーチをもつことが難しい場合には、市単位のGK研修会や巡回コーチなど、「次善」の策が必要だ。
GKの練習の中心はシュートを受けること。GKコーチは毎日何十本、何百本ものシュートを打たねばならず、非常にハードな仕事だ。しかしいいGKの存在は、チームにとっては毎試合ゴールをマークしてくれるストライカーと同等の価値がある。GKコーチングのレベルアップを早急に計らなければならない。
(1995年7月11日)
現在、Jリーグでは大半のクラブに専門のGKコーチがいる。そのうち外国人が六人、オーストリアから一人、ブラジルからは五人も来ている。
そして日本代表チームのGKの指導に当たっているのも、ブラジル人のマリオ・コーチだ。
ことしはじめ、GKは日本代表の弱点のひとつだった。五月にベテランの松永成立(当時横浜マリノス)が所属チーム内でのトラブルが原因で代表から外れると、残ったのはほとんど国際経験のない選手ばかり。前川和也(サンフレッチェ広島)、小島伸幸(ベルマーレ平塚)、下川健一(ジェフ市原)の三人のGKが5月から6月にかけての国際大会の日本代表に選出されたとき、私は不安を感じずにいられなかった。
前川は7試合の国際試合出場経験があったが、あとのふたりは出場経験ゼロ。しかも前川はボールを前に落とすクセがあり、Jリーグでも不安定なプレーを繰り返していたからだ。
イングランドの3試合では負傷が重なって、結果的に3人が1試合、90分間ずつプレーするという、珍しいケースとなった。そのなかで、3人とも見事なプレーを見せたのは、うれしい驚きだった。
前川はイングランド戦の立ち上がりに絶体絶命のピンチを防ぎ、その後の日本の大健闘を引き出した。小島はデビュー戦とは思えない落ちついた守備でブラジル戦を戦い抜いた。そしていちばん若い下川も安定した守備を見せた。
いずれも甲乙つけ難い、すばらしいゴールキーピング。「いちばん不安なポジション」は、一転して「最も人材豊富なポジション」となった。そしてその陰には、マリオ・コーチのすばらしい指導があった。
五月の合宿からの約一カ月間で、三人は大きく成長した。それは、良質のGKコーチと適切なGKトレーニングの必要性を再認識させるものだった。
Jリーグのクラブはまだいい。下部のクラブになると、専門のGKコーチなどいない場合が多い。技術の習得で最も重要なユース年代、高校チームでは、GKの相手をするコーチさえいないところが圧倒的だ。 あまり知られていないことだが、GKが覚えなければならない技術の種類はフィールドプレーヤーとは比較にならないほど多い。そのすべてを身につけ、試合のなかで適切な技術一瞬のうちに選択し、正確に使わなければならない。これほど「指導者」が求められるポジションはない。
だが現実は絶望的だ。GKコーチのいないチームでは、GKたちは互いにボールをけり合って練習するしかないのだ。
「GKコーチ」の必要性の認識が第一。そして経験的なコーチングでなく、科学的な「GKコーチ学」を確立し、それを身につけたGKコーチの養成に力を注がなければならない。
単独チームでGKコーチをもつことが難しい場合には、市単位のGK研修会や巡回コーチなど、「次善」の策が必要だ。
GKの練習の中心はシュートを受けること。GKコーチは毎日何十本、何百本ものシュートを打たねばならず、非常にハードな仕事だ。しかしいいGKの存在は、チームにとっては毎試合ゴールをマークしてくれるストライカーと同等の価値がある。GKコーチングのレベルアップを早急に計らなければならない。
(1995年7月11日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。