サッカーの話をしよう

No119 浦和と名古屋の「ディシプリン」

 ことしのJリーグでいちばんの驚きは、浦和レッズと名古屋グランパスの変貌ぶりだ。昨年は第1ステージの最下位がレッズ、第2ステージがグランパス。それが、今季の第1ステージでは後半の快進撃で3位、4位を占め、第2ステージも上位をキープしている。
 がんばって、なんとかしのいで勝つというサッカーではない。自分たちのスタイルを忠実にプレーし、チーム一丸となって勝利をつかんでいるのだ。
 選手が大幅に入れ代わったわけではない。レッズのオジェック、グランパスのベンゲル。今季就任した両監督がチームに新しいものをもたらし、劇的にチームを変えたのだ。それが「ディシプリン」だ。

 通常「規律」と訳される言葉。生活面での規律のことが頭に浮かびがちだが、Jリーグの2チームを変えたのは、「戦術的規律」とでもいうべきものだ。
 サッカーは11人の選手でプレーするチームゲームである。同時に、監督がひとつひとつのプレーを指示するわけではなく、それぞれの選手がその場その場で自分で判断してプレーを決めるゲームでもある。
 しかし各選手がばらばらに判断して攻撃し、守備をしていたのでは試合にならない。だからチームは攻撃守備両面でいろいろな「約束ごと」をつくり、個々の選手にそれぞれの「役割」を与える。ポジションを決めることもそのひとつだ。それをやり遂げることによって、11人の選手はようやく「チーム」として戦うことができるのだ。

 ディシプリンのあるチームとは、全選手が自分の役割をきちんと理解し、約束ごとに従ってプレーしようと強く意識し、また努力する集団をいう。
 今シーズンのレッズとグランパスは、まさにそうしたチームとなった。だからうまくいかない試合があったとしても、連敗はなくなった。まずい試合の後には個々の役割と約束ごとを再確認し、ディシプリンを徹底させればいい。

 では、どうしたらチームにディシプリンを植えつけていくのだろうか。
 ハンス・オフト(現在ジュビロ磐田監督)は、このように書いている。
 「食事を8時にすると決めたら、8時に食堂に集合するのではなく、8時にはテーブルにつき食事が始められなければならない」(「ハンス・オフトのサッカー学」小学館)
 日本代表チームでも、スタートはこのような些細な生活習慣の規律を守らせることだった。オフトはそうやって選手たちに「自己管理」をうながした。フィールド内でのディシプリン、すなわち「戦術的ディシプリン」を身につけるためには、しっかりと自己管理のできる選手でなくてはならないからだ。今季のレッズやグランパスでも、プレー以前に自己管理が強く求められたに違いない。

 選手たちは、はじめはとまどい、次には反発を感じたかもしれない。しかしそうした生活訓練とともに進められる戦術的トレーニングの成果が出て勝ちはじめると、それは監督への信頼に変わる。
 「こうプレーすれば勝てるんだ」という確信が、フィールド上での「ディシプリン」につながる。
 昨年、一生懸命にプレーしてもまったくいい結果に結びつかなかったころと、最近の両チームの選手たちの「顔」を見比べてみてほしい。今シーズン、レッズとグランパスの選手たちの試合中の表情は自信にあふれている。
 ただ勝てるようになったからではない。どうプレーすれば「いいチーム」になれるか、それをしっかりとつかんだからだ。

(1995年9月19日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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