サッカーの話をしよう

No22 100%の力を出して可能性は33%

 来年アメリカで行われるワールドカップへの出場権をかけたアジア最終予選まであとわずか2週間あまりとなった。先週末にスペインでの合宿から帰国した日本代表は、来週の月曜日にはアフリカ・チャンピオンのコートジボアールと「アジア・アフリカ選手権」を戦い、最終的な調整をしてカタールへと飛び立つ。

 「予選勝ち抜きの可能性はどのくらい?」という質問をよく受ける。私は33%」と答える。
 スペイン合宿では、守備ラインの不安定さが心配のタネとなった。左足を疲労骨折した都並の回復状況が思わしくなく、主将の柱谷が病気で合宿不参加。4人のレギュラーのうち2人も欠けていては、立て直すのはなかなか大変だ。
 しかし一次予選前のイタリア合宿ではチーム全体がもっとひどい状況だったことを思い出してほしい。オフト監督は、わずかな時間でそれをトップコンディションにもち込み、予選の8試合を最高の状態で戦わせることに成功した。

 一次予選前から、私は楽観的な見方をすることができなかった。日本がアメリアへ行ける可能性は17%程度だろうと考えていた。
 一次予選を勝ち抜く確率は五割と見ていた。日本とUAEの実力は互角か、日本がわずかに上。そしてタイも無視できない存在だからだ。日本が50%、UAEが45%、そしてタイにも5%の可能性があるだろう。
 そして最終予選では、出場六チームはすべて互角の実力。勝ちを計算できるチームも、逆に絶対に勝てないチームもない。昨年のアジアカップで優勝したとはいえ、日本の力が頭抜けているわけではない。
 6チームのうちワールドカップに出場できるのは2チームだから、勝ち抜きの可能性は6分の2、つまり33%程度となる。両ラウンドの可能性をかけ合わせれば17%という数字が出る。現時点ではすでに一次予選は突破しているのだから33%ということになる。

 私の示した数字の意味を理解していただけただろうか。33%というのは、日本代表の実力を高く評価してのものなのだ。期待を込めて「100%確実」「8割の確率」などという人もいるが、スリランカやバングラデシュを相手にするのではないのだ。
 私が知ってもらいたいのは、日本代表がどんな戦いに出発しようとしているのかということだ。1試合1試合にもてる力を100%発揮して、やっと勝てるか引き分けられるといった勝負を2週間で5試合もこなさなければならないのだ。
 突っ走るチームがないとすれば、予選突破のボーダーライン、つまり2位のチームの勝ち点は7か、あるいは6になるだろう。3勝2敗、2勝2分け1敗、あるいは1勝4分けで勝ち点は6。1試合負けても悲観する必要はないし、連勝しても確実とはいえない。

 「公平に見て33%の可能性」といっても、黙って待っていれば3分の1の確率でワールドカップ出場がころがりこんでくるわけではない。どの試合も100%の力で戦うことができなければ、可能性は0%にもなってしまう。つまり、こうした数字にはまったく意味はないのだ。
 一次予選の前、「対UAE戦をどう戦うか」という質問に、オフト監督は再三「最初のタイ戦に集中している。UAEのことはその後考える」と語った。今回も最初の対サウジアラビア戦に照準を合わせた調整をし、チームの集中力を高めているはずだ。
 勝ち点の計算は無用。できうる限りの準備をして1戦1戦に全力を注ぐ。いまオフト監督が考えているのはそのことだけだろう。

(1993年9月28日=火)

No21 中学サッカー部に女子の入部を

 東京のある女子サッカーチームの監督という仕事を引き受けてちょうど10年目になる。だがことしほど入会希望者が多い年はない。そしてその多くが「小学生のときにサッカーをやっていたが、中学、高校には女子のサッカー部がなかったので他のスポーツをしていた」という者だ。
 しばらくサッカーから離れていたが、Jリーグブームでまたボールをけりたくなり、チームを探し回った挙げ句、私のクラブにたどりついたというわけだ。

 実は、「女子サッカー」という名称自体、私はあまり好きではない。第一になぜ「女性」でなく「女子」なのか。第二に、男も女も日本サッカー協会の管轄下にあり、ルールもまったく同じなのに、なぜ一方にだけ「女子」とつけなければいけないのか。
 それはともかく、小学生の女の子たちの間でもサッカーはすごい人気だ。東京のサッカー協会に登録しているチームだけで76もある。練習は男子といっしょにし、試合だけ分かれてやっているところも多い。なかには男の子の試合に出場する女の子もいる。
 しかし小学校を卒業すると、彼女たちはとたんにチームを失ってしまう。女子のサッカー部をもつ中学校は、東京中を探しても10校にも満たず、その大半は私立学校だからだ。
 高校生以上になれば、少しは状況が良くなる。学校チームも中学より多いし、練習に通う距離が少し遠くなることをがまんしさえすれば、クラブチームがいくつかある。中学生では練習のために遠い距離を通うわけにはいかない。だからこそ、小学校時代のように学校チームあるいは学区のクラブが必要になる。

 だが現実は悲観的だ。校庭はいろいろな部が使い、男子のサッカー部もほんの一部で練習しなければならない状態。これ以上新しいクラブが生まれても練習するスペースはないだろう。練習を指導し、試合の引率をする先生も必要となる。
 以前原作を書いたサッカー漫画で、この問題に触れたことがある。そこでは男子のサッカー部のキャプテンが「サッカー部に与えられたグラウンドの割当てを女子と半分ずつ使おう」と提案する。猛反対する仲間を、彼は「僕らにJリーグやワールドカップの夢があるように、女の子たちにだってサッカーに対する夢はあるんだ」と説得する。

 来年ワールドカップを開催するアメリカはサッカー後進国と思われているが、実はある意味ですごいサッカー大国だ。女子選手が数百万人もいるからだ。アメリカンフットボールや野球と違って、サッカーは男性と同じように楽しむことができる。それが人気の秘密だという。各地で行われるジュニアの大会では、たいてい男女両方のトーナメントが組まれる。もちろん全国のハイスクールには、男子だけでなく女子のサッカー部がある。
 日本の女の子たちも、思う存分サッカーをプレーしたいと考えているはずだ。いきなり女子サッカー部をつくるのが無理なら、まずは中学のサッカー部に女子の入部を許可し、いっしょに練習するようにしてみてはどうか。
 「これで女子のレベルが上がり、代表チームが強くなる」、「女性はやがて母親になる。母親をサッカーの味方につければ日本サッカーの発展に役立つ」といった計算でこんな提案をしているわけではない。
 知ってもらいたいのは、女の子も男の子と同じようにサッカーを愛し、サッカーに対する情熱をもっているということだ。サッカーを楽しむチャンスを男女平等に与えることは、学校や日本サッカー協会の責任でもあるはずだ。

(1993年9月21日=火)

No20 ほしい見せるための施設

 「過去40年間で最大規模」といわれた台風13号の影響で、9月4日に東京で予定されていたU−17世界選手権の3位決定戦と決勝戦は実施できるかどうか心配された。
 直撃の心配がなくなった4日午前にも、国際サッカー連盟(FIFA)の役員間では「あれだけ雨が降ったのだから、グラウンド状態を考えて三位決定戦は中止にしたら」という意見が圧倒的だった。午後3時過ぎに国立競技場を視察したFIFA役員は、「カバーしてあったのか。特別な芝なのか」と口をそろえて感嘆した。それほど完璧な排水状態だった。

 89年に改装された国立競技場のピッチは、1年中緑が保たれると同時に、排水能力が飛躍的に向上し、どんな雨の後でも通常の状態で使用できるようになった。試合をいい状態で行うために、この排水能力がどれほど助けになっているか計り知れない。
 台風の大雨は、はからずも2002年ワールドカップの日本開催に対するFIFAへの大きなデモンストレーションとなった。
 2002年のワールドカップの招致活動が本格化したのは91年。翌年には15都市が開催地に立候補、スタジアム計画の概要も発表された。だがそれは少なからず失望させるものだった。「21世紀最初の世界的イベントが日本で開催される」にふさわしい、新たな「提案」がどこにも見当たらなかったからだ。

 素人考えだが、競技コンディションの一定化、観客の快適さを考えれば、将来のスタジアムは当然、開閉式の全屋根型になるだろうと思っていた。そして日本で開催される「21世紀のワールドカップ」のスタジアムの大半はそうなるのではないかと思っていた。だが現在のスタジアム計画にはこうした形式はない。要求されていないからだ。
 2002年のワールドカップ開催のための諸条件はFIFAから来年出されることになっている。屋根については「客席の3分の2が覆われていること」といった程度となりそうだ。
 都市によっては、開閉式の全屋根を検討したところもあるという。しかし建設費の関係で現在は計画から外されている。スタジアムは全部地方自治体が建設する。つまり税金でつくるのだ。できるだけ安くという考えはある意味で当然だ。

 だがここで現在のJリーグの状況を見てほしい。茨城県は人口4万5000人の鹿島町に80億円を投じてスタジアムをつくり、それが地域活性化の大きな力となった。浦和で、市原で、清水で何が起こっているか。Jリーグチームの存在は、地域に大きな喜びと誇りを与えているではないか。立派な施設をつくり、一流のスポーツを「見せる」ことは、地域にとって非常に意義のあることなのだ。
 これまで地方につくられてきたスポーツ施設は、市民に「見せる」ことよりも市民が「使う」ことを主要目的としていた。だがもうそろそろ、徹底的に「見せる」ことを目的とした施設をつくるべきではないか。2002年ワールドカップは、そのためのいいきっかけになるのではないか。
 折しも、オランダのアムステルダムからは、新スタジアム着工のニュースがはいってきた。5万人収容、人気クラブ・アヤックスが使うが、開閉式全屋根をもった最新のハイテクスタジアムだという。

 国立競技場の排水能力は世界に誇るものだ。だがそれだけではスポーツを「見せる」施設としては満点とはいえない。2002年用の施設が21世紀の社会にふさわしいものか、もういちど検討してもらいたいと思う。

(1993年9月14日=火)

No19 キックインは不成功

 先週の土曜日に閉幕したU−17世界選手権。大きな話題となったのがスローインに代わる「キックイン」の試験的採用だった。サッカーをより面白いものにし、21世紀にも人類のよき友であるための改革案のひとつだ。

 キックイン導入で期待されたのが、「実際のプレー時間」(インプレーでボールが動いている時間)を伸ばすことだった。
 相手のマークが厳しいため、スローインがなかなか投げられない場合が多い。キックインでは相手側は9.15メートル以上離れなければならないことにしたので、試合がスムーズになると期待されたのだ。
 だがU−17では、この点についてはいい結果は得られなかった。全三十二試合の「実際のプレー時間」の平均は47分間。このデータは、これまでの大会とほぼ同じだった。
 とくに日本は、相手陣でのキックインを重要な武器と考え、財前に大半のキックをさせた。キックインではオフサイドがないので、193センチの船越が相手ゴールキーパーの前に立ち、ロングパスを送るという戦法を使ったのだ。
 財前がボールまで行く時間、味方がゴール前に進む時間、そして呼吸を合わせてけるまでの時間と、日本は長い時間を浪費した。開幕戦では相手のガーナが対照的にすばやいキックインをしていたのに、インプレーの時間はわずか41分間しかなかった。

 FIFAのブラッター事務総長は「キックインの最大の目的は攻撃的で見て楽しいサッカーをさせることにある」と説明した。キックインによってゴール前でのスリリングなプレーが増えるという期待だった。
 たしかに、キックインでゴール前の競り合いは増えた。しかしサッカーの面白さは、ゴール前だけにあるものだろうか。中盤での緻密なプレーが減り、サッカーが大味なものになってしまうのではないか。
 「味方からのパスに対しゴールキーパーは手を使えない」という新ルールを、FIFAは昨年採用した。これは攻撃的なプレーを増やしたと好評だ。
 しかし元来ロングパスが多いイングランドでは、バックパス自体は減らず、それをキーパーが直接大きくけり返してしまう。その結果試合がつまらなくなったと評判が悪い。

 サッカーをより楽しくするため積極的にルールを改正しようというFIFAの姿勢は高く評価される。しかしどんな優れたアイデアも、それを実行する選手、さらにプレーを指示するコーチや監督の取り組み方ひとつでどのような方向にも行ってしまうものなのだ。
 キックインには賛成できないというのが、今大会を見ての私の結論だ。それよりも、スローインの規則に相手側選手は9.15メートル以上離れなければならないという条項を付け加えたらどうか。

 しかしこうしたルール改正でサッカーの魅力を向上させようという手段には限界があることをFIFAは知らねばならない。
 前述したように、サッカーの魅力を保つ最大のポイントは、試合を実行するコーチや監督たちの取り組む姿勢にある。とすれば、21世紀のサッカーの繁栄に向けていま取り組まなければならないのは、コーチの質を向上させることだ。
 もちろんFIFAは「後進地域」でのコーチングコースなどをすでに実施している。だがより重要なのは欧州や南米の「先進地域」のコーチたちの取り組む姿勢を改善させることではないか。10年単位の時間を要するかもしれない。しかしこれ以外にサッカーの魅力を向上させる道はない。

(1993年9月7日=火)

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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